日本は世界でもトップクラスの安全な国と称される一方、解決されないまま闇に葬られた失踪事件も数多く存在します(⊙_⊙')
そんな未解決失踪事件の中から今回は6つの事件をピックアップし、その概要と共に事件を紹介していきます。
失踪者たちはなぜ突然消えてしまったのか?
犯人は一体誰なのか?
Contents
鈴木俊之くん失踪事件
鈴木俊之くん
1965年7月3日16時頃、静岡県伊東市宇佐美区に住む鈴木俊之くん(当時7歳)が
と言って家を出たまま行方不明になります(⊙_⊙')
通報を受けた警察はすぐに捜索を開始しますが有力な情報を得ることはできず...
それから2日後、奇妙な電話がそれぞれ別の場所に3回かかってくるんです。
まず7月5日の昼12時30分頃、俊之くんが住んでいるアパートから200mほど離れたホテルに電話が入り、留守番の女性が出たところ
という女の声がして、そのまま切れます。
30分後の13時頃、今度は俊之くんの近所に住む親戚宅に電話がかかり、また女の声で
と聞いてきたため、親戚は『はい』と答えると!?
と言いかけたところで、驚いた親戚は受話器を投げ警察に伝えに行き、その後、再び受話器を取りますが電話はすでに切れていたのです。
さらにほぼ同時刻に俊之くんの父親の職場である旅館に
と女の声で電話がかかって来たことが確認されています。
これら3つの電話の報告を受けた伊東署は捜査本部を設置し、すぐに親戚宅とホテルの電話にテープレコーダーを設置します。
(その後、署員が母親を連れて熱海駅へと向かったが怪しい人物はいなかった)
俊之くんは旅館に監禁されていた!?
7月6日、警察は子供たちの案内で俊之くんが向かったという山を捜索しますが手がかりは掴めず。
しかしこの日、俊之くんの近所の鮮魚店に1本の電話がかかり、その家の4歳の男の子が電話に出て
と聞き返している姿を目撃した祖母が受話器を取ったところ、電話は無言のまま切れてしまいます。(この電話が俊之くん本人がかけてきたのかは不明)
ここまでの内容で最も怪しいのはやはり『3回電話かけてきた女』ですが、”この女はなぜ俊之くんの自宅ではなく、親戚の家やホテルに電話をかけてきたのか?”
という大きな疑問が残ります(*´Д`*)
その後の警察の調べで、失踪3日目の20時〜21時30分にかけて、俊之くん宅に入る国道を黒塗りの大型乗用車が往復していたことが判明。
目撃情報によれば
- 車のライトは消えたまま
- 後部座席に乗った女が窓ガラスから身を乗り出すように俊之くん宅を見入っていた
とのこと。
また俊之くん宅から100mほどの所にある旅館の部屋が荒らされており、台所に調理の跡、ベッド毛布の中からおもちゃの十手と口紅のついたバスタオルが発見されたことから
俊之くんはここに監禁されていた
可能性がありますが、だとしたら旅館の人間はなぜ気が付かなかったのか?
これは個人的な推測ですが、恐らく電話をかけてきた女性とは別に車を運転していた人物も旅館に一緒に滞在していたハズです。
そしてこの人物は恐らく男性。
(この時代に大型の乗用車を女性が運転することは考えにくいため)
そのため旅館のスタッフは親子が滞在しているという認識で誘拐を疑わなかったのではないでしょうか...
警察は顔見知りの人間が事件に関与している可能性もあると考え、懸命な捜査を続けましたが、現在に至るまで俊之くんは発見されていません。
庄山仁くん失踪事件
失踪の翌日に父親宛に届いた仁くん直筆の手紙。
写真の少年が庄山仁くん
1969年2月23日14時過ぎ、長崎県佐世保市の中学2年生、庄山仁くん(当時14歳)が
と親に告げて、制服制帽姿で自宅を出ていきます。
それから4時間半後の18時30分頃、近所のクリーニング店勤務の当時24歳の男性が仁くんの自宅を訪ねて驚くべきことを告げるんです。
その内容は以下の通り↓
今日15時30分頃、市内の道路の側溝に車輪を落としたバイクを2人の少年が引き上げようとしていた。自分も手伝おうとジャンパーを脱ぎ、道路脇に置いたところ、少年の1人がジャンパーを奪って逃げ、もう1人も後に続いた。盗まれたジャンパーには現金46万円が入っていた。慌てて遅れた1人を追いかけ、ズボンのポケットに挟み込まれていた制帽を取ったが、結果的に2人とも逃してしまった。制帽には名前が書いてあり、それをたどって自宅にやって来た。
と言うんです(*´Д`*)
(実際、男が手にしていた制帽は仁くんのものだった)
家族は戸惑うと同時に、その後も一向に帰宅しない仁くんが心配になり警察に通報。
そして捜査が始まった翌日に仁くんの父親宛てに1通の手紙が届き、その内容は
前略
心配かけてすみません。
悪い友達に誘われて、人のお金をとりました。
中には48万以上も入っていましたが、僕は少ししかもらっていません。
学校の方は、僕の気持ちがおさまるまで、病欠にしておいてください。
すぐに帰っておわびいたします。
どうかさがさないで下さい。
仁
この手紙は後の筆跡鑑定で仁くん本人のものと判明しますが!?
仁くんは真面目でおとなしく、クラスの風紀委員も務めていた生徒であったため、彼が悪事に手に染めるとは思えず...
また手紙の最初には普段は絶対に使わない『前略』から始まっていたことから、
誰かに無理矢理書かされた可能性
が高いのです。
黒幕はクリーニング店勤務の男!?
そうなると仁くん宅にやって来たクリーニング店勤務の男が黒幕の可能性が高く、そもそもこの強盗事件の存在自体が以下のことから無かったのではないか?
と考えられるんです↓
- 強盗事件は昼に起きたにも関わらず目撃者が1人もいない
- 少年たちがなぜジャンパーに大金が入ってることに気づいたのか?
- 現場検証の結果、バイクが側溝に落ち込んだ形跡は無かった
さらに警察の調べで、この男は4ヶ月前に少年刑務所を仮出所してクリーニング店で働き出したことが判明し、そんな男が46万円もの大金を持っていたとは考えにくいんです(*´Д`*)
そこで警察は公開捜査に踏み切ると共にこの男を重要容疑者としてウソ発見器にかけるなど、徹底的に調べ上げますが、決定的な証拠は見つかりませんでした。
警察内部では『この男が仁くんを誘拐した』という意見と『男が短時間で一連の事件を仕組むのは困難』とする意見に分かれたそうですが、現在も仁くんの行方はわからず事件は未解決のままとなっています。
宮城県川崎町3歳女児行方不明事件
澁谷美樹ちゃん
1983年11月1日夕方、宮城県川崎町に住む澁谷(しぶや)喜代治さんは、同町内の保育園に預けている美樹ちゃん(当時3歳)を迎えに行くために車で自宅を出ます(⊙_⊙')
(美樹ちゃんの両親は共働きだったため、送り迎えは喜代治さんの役目だった)
保育園が終わり、美樹ちゃんが祖父の車に乗ったのが16時30分頃。
自宅までの帰り道で知人を見つけた喜代治さんは車を一旦停車させ、美樹ちゃんに車内で待っているように伝え、2〜3分ほど知人と話した後、車に戻ると...
車にいるはずの美樹ちゃんが忽然と消えていた
のです。
(この時、助手席のドアが40cmほど開いていた)
喜代治さんは知人と共に必死で周囲を探しますが美樹ちゃんは見つからず...
そこで大河原警察署に『孫がいなくなった』と届け出ることに。
現場付近で目撃された男女
警察の調べで、喜代治さんが停車した近くに6mほどのスリップ跡があるのが見つかった他、路上から美樹ちゃんと同じO型の血痕も発見されています。
また畑で喜代治さんが知り合いと話している近くで農作業をしていた女性が車から降りて車の前に立って祖父の方に目をやる姿を見ており、さらに!!!
別の人間は喜代治さんの車から15mほど離れた場所に薄茶色の車が停まっており、その側に立つ
30歳前後の男女を目撃
していました。
また薄茶色の車は現場から400m先の路上でも猛スピードで走り去る姿が対向車の運転手によって目撃されています。
捜査線上に浮かび上がる男
21歳になった美樹ちゃんの予想モンタージュ写真
警察は当初、現場から見つかった血痕やタイヤのスリップ痕から『美樹ちゃんが1人で車外に出て交通事故に遭い、そのまま連れ去られた』とする交通事故説の線で捜査を進めていました。
しかし、捜査資料を再検討した結果、薄茶色の車の所有者、もしくはその関係者が交通事故を装い計画的に美樹ちゃんを連れ去った疑いを強めます(⊙_⊙')
その後、1人の人物が捜査線上に浮かび上がり、それは当時、川崎町で飲食店を経営していた31歳の男でした。
(この男は美樹ちゃんの父親の同級生だった)
この男は事件のあった時刻に美樹ちゃんの家から約1キロ離れた酒屋に仕入れに行くため猛スピードで車を走らせていた姿を目撃されており、事件後、その車とは別の車に買い替えていました。
男は警察から何度も事情聴取を受けますが、事件への関与は完全に否定し、ほどなくして行方をくらましたのです。
捜査は完全に行き詰まりますが、その原因は川崎町の住人のほとんどが親類縁者で、本当のことをなかなか話さず、情報を得られなかったことが挙げられます。
犯人は飲食店経営の男なのか?
それとも別の人物によるものなのか?
その真相は闇の中ですが、家族は今でも彼女の帰りを心待ちにしているのです。
三重県多気郡高3女子行方不明事件
失踪した北山結子さん
引用:Sharetube
1997年6月30日20時過ぎ、三重県多気郡明和町(たきぐんめいわちょう)に住む松阪工業高校3年生の北山結子さん(当時17歳)がアルバイト先の学習塾から帰宅途中で行方不明になります(⊙_⊙')
普段は母親が軽トラックで同じ塾に通う弟を送ってきた際に結子さんが乗ってきた自転車を荷台に載せて持ち帰り、塾が終わる頃に、再び迎えに来た母の車で3人一緒に帰宅していたのですが...
この日は軽トラのガソリンが不足し、普通乗用車で弟を塾に送ってきたため、母親と弟が車、結子さんは自転車で帰宅することになったのです。
結子さんはこの後、自分の家で一緒にテスト勉強する予定だった友人を迎えに行くため、塾から少し離れた道で母親の車と別れ、公衆電話で友人に
と連絡しています。
しかし、待ち合わせ場所に彼女が現れることはありませんでした。
NTTドコモ インフォネクスト(ポケベル)
23時頃、友達から『結子が来ない』と電話が入ったことで、家族は初めて娘に異変が起きたことに気づく。
当時の女子高生の間では携帯電話がそれほど普及しておらず、携帯よりも安価なポケットベルというものが流行っていました。
このポケベルの主な機能は着信通知(発信者から送られた番号を表示する)なのですが、他にも数字や記号を使って短いメッセージを送受信することが可能で、結子さんも普段、友達とポケベルでやり取りしていたのです。
そして家族や友人らが一帯を探すと共に、何度も結子さんのポケベルを鳴らす。
しかし、彼女が事件に巻き込まれた可能性があったことから、不用意に自宅の電話番号を入れるのは危険であると判断した友人らは『デンワシテ』『ドコ二イルノ』といったメッセージのみを送り続けたのです、が...
反応が一切ない。
そこで家族は深夜2時頃に松阪警察署に通報することに。
犯人らしき男から電話を受けた結子さんの友人
北山結子さん
引用:Sharetube
結子さん失踪から3日後の16日に事は大きく動く...
結子さんのポケベルに電話番号を入れ続けていた友人がいたのですが、この日、彼女の自宅に何度か電話がかかってきます。
電話を取ると相手は男。
友人が男に
と尋ねると男は
と返答し、さらに次の電話では
などと話したのです(*´Д`*)
その後も男からの電話は続き、ついには
と言ってきたため、友人は警察に連絡すると共に、20日、警察が包囲するなか、男が指定した松阪市船江町のショッピング『マーム』に結子さんの母親と訪れます。
が、男は現れませんでした。
戻ってきた結子さんのポケベルと逮捕された男
5日後の25日には再び友人に
という電話が入り、彼女は指定された一志郡三雲町(いちしぐん)のバス停に向かったのです。
すると!?
そこには1台のグレーのポケベルが置かれており、それは結子さんの所有のもので間違いありませんでした。
そして27日、男から
と連絡が入ります。
この電話で警察は逆探知に成功し、発信元である公衆電話の前にいた男を逮捕。
逮捕されたのは当時、松阪市茶与町(ちゃよまち)に住んでいた自称露天商店手伝いの無職のT(当時46歳)という男でした(⊙_⊙')
Tは婦女暴○や強盗などの罪で懲役12年の刑に服し出所してきたばかりで、その犯行手口は自転車に乗っている女性に体当たりして転倒させ、乱暴してから金品を奪うという卑劣極まりないものでした。
その後の警察の調べで、↓のような数多くの証拠が集まります。
- 友人にかかってきた電話の男とTの声紋が一致
- Tのワゴン車からは結子さんの毛髪100本
- 友人のポケベル番号が書かれた漢字辞書
- 結子さんのハンカチが見つかる
さらにTのワゴン車の左前方には傷がありウインカーのプラスチック部分が破損していたのですが、実は結子さんは友人に
と話しており、また彼女が一緒にテスト勉強する予定だった友人にかけた6月13日の20時過ぎに『Tが持つワゴン車と同一車種・同一色のワゴン車が結子さんが使っていた公衆電話に横付けされていた』という目撃証言もあることから
Tが事件に関与している事は間違いなかった
のです、が...
Tは不起訴処分に!その理由は...
結子さんが乗っていたものと同じ自転車
ココまでの内容でTが犯人であることは火を見るより明らかで、事件は無事解決するかに思われたのですが、そうはいかなかったんです(⊙_⊙')
警察はTが結子さんを誘拐、車に拉致し、どこかに監○しているか、もしくはすでに殺○しているものとして徹底的に取り調べました。
しかし、Tは
と供述し、結子さんに関する犯行は完全に否認。
結局、警察は自供を得られぬまま起訴を諦め、逮捕から約3週間後の7月18日にTを釈放します。
Tの車から発見された結子さんの毛髪が決定的と言えるのにも関わらず、『証拠不十分』としてTは釈放されたのです。
この納得し難い結末に対して当時の一部のメディアはTが被差別部落出身で、さらに人権派弁護士が付いたことが影響していると報じました。
事件発生から今年で27年経ちますが、結子さんの行方や彼女の居場所を知る人物は特定されていません。
毎年、6月になると警察や両親が情報提供を呼びかけるためのビラ配りを行なっていますが、恐らく、結子さんは事件当日、Tに車内に引きずり込まれ、強◯された後に殺○されたのでしょう。
この事件に関しては解決できたハズなので、なんとも後味の悪い未解決事件といえますね_φ( ̄ー ̄ )
広島県安芸郡府中町主婦失踪事件
失踪した田辺信子さん
引用:WONDIA
2001年9月24日、広島県安芸郡(あき)府中町のマンションに住む主婦・田辺信子さん(当時50歳)が失踪します(⊙_⊙')
信子さんはこの日、友人と外食する予定で11時50分頃に信子さん宅に着いた友人が電話をかけると
『あー』
という声だけが聞こえ数秒で切れてしまいます。
友人は不審に思ったものの、信子さんがすぐに出てくるだろうと、そのまま車で待機。
ところが、10分以上経っても信子さんは出で来ない。
そこで改めて電話をかけてみると、また
『あー』『うー』
という悲鳴のような声が聞こえて数秒で切れてしまう。
心配になった友人は信子さんの部屋に向かうも玄関は施錠されており呼んでも応答なし。
友人は信子さんに約束をすっぽかされたと思い、そのまま帰ってしまった。
しかし、同日19時過ぎ、やっぱり信子さんのことが気になった友人は、当時労災で入院していた彼女の夫に連絡を取ったうえで、2人でマンションの部屋を訪れます、が...
室内にも信子さんの姿はなく、部屋を荒らされた形跡もなく、洗濯物は干しっぱなしで、夫に届けるハズだった着替えもそのまま残されていたんです。
しかし、失くなっていたものもあり、それは
- 夫への見舞金25万円
- カード類
- 携帯電話などが入った信子さんのバッグ
などです。
信子さんのマンションに届いた1通の手紙
失踪から5日後の9月29日、信子さんのマンションに差出人不明の1通の手紙が届き、
『私もやっと妻子と別れ、はれて信子と一緒になることができました。ふたりを探さないでください』
というワープロでまるで信子さんが不倫相手と逃げたような内容の文章が記されていたのですが、信子さんと夫はおしどり夫婦として知られており、友人たちは彼女は不倫をするような人ではないと口を揃えています。
信子さんは遺産相続で脅迫されていた!?
その後、マンションの防犯カメラによって信子さんが失踪した時間帯にエレベーターに乗った60歳前後の男が1人いることが判明しますが、同じ時間帯に信子さんの姿はエレベータにはありませんでした(⊙_⊙')
『では階段から降りたのではないか?』
とも考えられますが、その可能性は極めて低いんです。
というのも信子さんは心臓の病気を患っていたため、負担のかかる階段を使うとは考え辛いんですよ。
結局、信子さんがどのようにマンション外に出たのかは分かっていませんが、警察は現場に争いに巻き込まれた形跡がなかったことから
自発的失踪
として処理します。
(信子さんの夫は失意のまま、ほどなく病死した)
ココからは信子さんの兄と友人たちの推理になりますが『夫方の親戚とのトラブルに巻き込まれたのではないか?』というんです(*´Д`*)
実は信子さんは夫方の親戚男性から、義父母(夫の両親)の遺産相続に関して脅迫を受けており、男性が信子さんの部屋に押しかけて
『殺○ぞ!!』
と怒鳴ったこともあったとか...
つまり、夫方の親戚が夫や義父母の遺産が信子さんに渡らないように愛人と失踪したかのように細工をしたということになり、もしこれが本当であれば信子さんが生きてる可能性は極めて低いと言えるでしょう。
山浦希望さん失踪・遺○発見事件
失踪から1年10ヶ月後に遺○で発見された山浦希望さん
2004年2月26日、三重県安芸郡安濃町(あのう)に住む派遣社員、山浦希望さん(当時20歳)は17時30分過ぎに会社を出て車で帰路につきます。
しかし...
いつもなら19時には自宅に戻るはずが21時を過ぎても帰って来ない。
携帯電話にかけても繋がらず、母親は娘がなんらかのトラブルに巻き込まれたと思い津警察署に通報。
その手続きの最中に希望さんから母の携帯に着信がありましたが、電話はすぐに切れてしまう。
何度リダイヤルしても出なかったので希望さんの上司が代わりにかける何故かつながり、そして希望さんは
と話したため、上司が
と告げると、彼女は
と答え電話は終わったのです。
この時の会話には母も加わっていたのですが、後に
『電話の相手が娘かどうか確信が持てない』
と語っています(*´Д`*)
その後、希望さんからの連絡はなく、彼女が電話で話した
- 雪
- トンネル
- 山
- 民家
というキーワードから、希望さん父親は安濃町の錫杖湖(しゃくじょこ)方面を捜索し、18日の夕方、付近の峡谷で彼女の車が見つかります。
しかし、連絡を受けた警察が車内を確認しても希望さんの姿はなく、その後5日間300人体制の捜索でも発見することはできませんでした。
ポスターやチラシを配布し情報提供を呼びかけるも決定的な情報は寄せられないまま1年10ヶ月が過ぎた2005年12月2日15時30分頃、事故車両が発見された場所から約250mほど離れた丘陵の傾斜面で
白骨遺○
が見つかる...
三重大学医学部の検死で遺○は山浦希望さんであることが判明し、死因は着衣の乱れや体に損傷がないことから警察は事件性なしと判断したのです。
最も疑われたのは希望さんの上司!?
警察の出した結論には不自然さがあります(⊙_⊙')
それは『なぜ遺○は車から250mも離れた場所で発見されたのか?』
で事故の衝撃で体が飛んだとは考えにくい距離ですし、また車のエアバッグからB型の女性の血痕が発見されているのも引っかかるんですよ。
というのも希望さんの血液型はO型なので、車には希望さんと別の人物が同乗していた可能性も考えられるわけです。
この事件で最も疑われたのは希望さんの上司の男性で、車両発見の前日のやりとりに違和感があったこと、そして何より彼が元暴力団員だったことが大きな要因となっています。
しかし、この男性のアリバイは証明されていることから、一部には男性を含む複数の人間が事件に関与しているとの推測もなされています_φ( ̄ー ̄ )