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【レーベンスボルン計画】ナチス・ヒムラーが実践した恐怖の国家プロジェクトがヤバイ!?
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ナチス・ドイツは強制収容所にて極悪非道な人体実験やユダヤ人を根絶やしにするための断種実験を行なっていたことが有名ですが、ヒトラーの右腕ハインリヒ・ヒムラーがアーリア人を増やすために恐ろしい政策を推し進め、実践した計画が存在します(⊙_⊙')

それが

レーベンスボルン計画(生命の泉計画)』

で、人体実験とも言える非人道的な計画だったのです...

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アーリア人的な特徴を持つ女性を集めて親衛隊員の...

ヒムラー(Wikipedia)

1935年、親衛隊長官兼警察長官のハインリヒ・ヒムラーは第一次世界大戦以降に落ち込んだ出生率を回復するための母子援助制度の一環として、親衛隊員の子供を宿したまま、未亡人になった女性を出産させるための病院を建設

この病院は親衛隊と無関係の母子も利用可能で、子供は生まれると同時に国営のエリート養成学校『子供の家』に送られたり、ドイツ人夫婦に里子に出されたりしました(⊙_⊙')

このような産院は第二次世界大戦が終わるまでに10ヶ所以上あったのですが、40年頃からヒトラーが定義する

  • 金髪
  • 青い目
  • 長身

といったアーリア人的な特徴を持つ女性を国内から集めて、親衛隊員の子供を産ませるための施設へと目的が大きく変わっていったのです...

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アーリア人的特徴を持つ赤ん坊なら特別待遇だが...

レーベンスボルンの施設
(Wikipedia)

この計画に参加する女性は意外に多く、応募女性は外見的な特徴はもちろん、遺伝子的に問題がないことを確認するために祖父母の代まで徹底的に調べられ合格率は全体の40%ほど。
(そのうちの60%は未婚)

ベルリンで行われた人種検査の様子

しかし、生まれた赤ん坊の状態によって天国・地獄の明暗がハッキリ分かれることが、この計画の恐ろしさの1つと言えます。

なぜならヒムラーの望み通りに生まれた子がアーリア人的な特徴を持っていれば女性には特別な財政支援が与えられ、子供にもナチスのエリート教育が施されたが、万が一赤ん坊に障害があった場合は、そのままガス室へと送られるのだから...

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親衛隊員にノルウェー人女性との性◯渉が...

レーベンスボルン計画では親衛隊員と女性が出会うためのパーティも開かれていた

しかし、ドイツ人女性だけでは限度があり、またヒムラーは北方人種がより純粋なアーリア人的であると考えていたことから、ノルウェー国内にレーベンスボルン計画専用の産院を10ヶ所建設

さらに現地の親衛隊員にノルウェー女性と積極的に性◯渉するように勧めていました(⊙_⊙')

(他のナチス・ドイツ占領下地域ではこのような行為は禁止されていた)

その結果、産院で生まれた子供は約8千人、施設外の約4千人を含めると

約1万2千人の子供が

在留ドイツ兵とノルウェー人女性との間に生まれたとされます。

ドイツ降伏後にノルウェー人女性を待ち受けていたのは...

レーベンスボルンで生まれた子供の洗礼の様子(Wikipedia)

ただし、ドイツ降伏後、彼女たちにはひどい仕打ちが待ち受けており、ノルウェー政府が

『対敵協力者』

の処分を行い約1万4千人が逮捕され、そのうちの約5千人が強制収容所に18ヶ月間入れられ、ドイツ兵と結婚した女性はノルウェー国籍を剥奪という厳しい処罰が下されたのでした。

ナチスはアーリア人的特徴を持つ子供を誘拐していた!?

施設の子どもたちは母親と引き離され国営の学校で教育された

ヒムラーの当初の計画では、ドイツは80年までに1億2千万人の

”純粋なアーリア人の国”

にする予定でしたが、人間が生まれるまでにかかる時間を考えると、どう頑張っても実現不可能だったため、ヒムラーはもっと手っ取り早い方法で目的を果たそうとします(⊙_⊙')

1941年後半から

  • フランス
  • ポーランド
  • ノルウェー
  • デンマーク

などの占領地区でアーリア人的特徴を持つ子供を探して誘拐することにしたんです。

レーベンスボルンの産院

ルーマニアでは25人の子供がさらわれ、彼らはドイツに連行されて厳しい身体検査を受けた後にレーベンスボルンが引き受ける子・引き受けない子に分別されました。

前者の場合は特別な出生証明書が発行されて、ドイツ人夫婦に里子に出されましたが、後者の場合は強制収容所の労働に回されたのです。

また、ポーランドの町々ではナチスによって2歳〜14歳までの多くの少年少女がさらわれ、その数は20万人以上と言われており、その結果、戦後になって自分の出生を知って悩んだり、里親に捨てられて自分が何人かもわからない多くの孤児が生まれるという悲劇を招いた...

レーベンスボルン計画の悲劇

ヒムラーが実施した『レーベンスボルン計画』は、思いがけない悲劇をもたらしており、戦後の調査で3歳になっても歩けない・喋れないなど、知能や体力に障害がある子が多いことが判明しています(⊙_⊙')

戦争中という極限状態の中でよく知らない男性と子供を産むための性◯で、母体に影響が生じたのではないか!?

と考えられています。

また、レーベンスボルン計画はもしドイツが戦争に勝利していたとしても『中止されていたのではないか?』

と言われています_φ( ̄ー ̄ )

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