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[実録]世界で行われていた拷問・処刑の実態!

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かつて世界で行われていた極悪非道の拷問や処刑方法を今回は紹介していきますᕙ(⇀‸↼‶)ᕗ

拷問は『自白させる』のが目的でしたが中には処刑以上に酷い拷問が多数存在します。

そんなガイキチな拷問・処刑方法は一体どのようにして行われていたのか?

どのような理由で刑に処されたのか?などを中心に書いていきます🤩

尚、今回の記事を書くにあたって参考にしたのは...

『世界の拷問・処刑事典』

世界で行われていた拷問や処刑について幅広く知るにはうってつけの1冊で超絶面白かったですね🤩

それでは世界の拷問・処刑方法の数々を見ていきましょう〆(・∀・@)

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ファラリスの雄牛

ファラリスの雄牛(Wikipedia)

この処刑方法は結構知っている人が多いかも!?ですがトップバッターは『ファラリスの雌牛』

古代ギリシャ時代にシチリア島を統治していた暴君ファラリス芸術家のペリロス『青銅製の雄牛』を注文したのです。

しかし、これは芸術作品としてではなく処刑の道具として使うことが目的だったんですよ(⊙_⊙')

この雄牛は実物大で作られていて、中は空洞となっていました。

背中には扉があり、ここから人を中に入れることができて

さらにに雄牛の口の部分から内部には真鍮製(しんちゅうせい)の管が伸びていたんです🐂

ファラリスの雄牛での処刑方法!

まず犠牲者を雄牛の中に入れて、雄牛の腹の部分を下から炙る🔥😱🔥

こうなると空気が希薄になり呼吸困難に陥る,,,

呼吸困難に陥った犠牲者は唯一外部に通じている真鍮製の管をくわえて呼吸しようとする。

しか〜し、雄牛の内部は次第に熱く熱せられるので犠牲者は叫び声を上げることになるんです(⊙_⊙')

この叫び声がまるで本物の牛の唸り声のようになると...


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ファラリスの雄牛の最初と最後の犠牲者とは!?

ファラリスのためにつくった雄牛にいれられるペリロス(Wikipedia)

製作者のペリロスは、ファラリスに対してこう言った...

『パイプを通じて、愛おしく、ごく情感に溢れ、極めて音楽的な唸り声となって届くだろう』

ペリロスのこの言葉が気に入らなかったファラリスは『その音響設備を製作者自ら試すように』と命令を下す...

つまり製作者であるペリロスがファラリスの雄牛の最初の犠牲者だったのです🥶

ペリロスが試しに中に入ると、ファラリスは鍵をかけ雄牛の腹部を燃やした🔥

ペリロスは苦しみ悶えながら死に、ファラリスはその結果に満足した🤩

しかし、ファラリスも紀元前554年に王座を奪われてファラリスの雄牛で処刑されており

ファラリスは雄牛で処刑された最後の犠牲者となったと伝えられています(⊙_⊙')

しかしディスカバリーチャンネルの番組でこの器具が検証された際、『当時の金属精度や技術力では人を殺傷せしめる程の温度上昇は不可能で、器具の実在自体に疑問を呈していた。また実在しても処刑器具としての役割は果たせなかったであろうとしている

このような検証結果が出ているようです👀

ただ『ファラリスの雄牛』の発想としてはユニークそして残虐性の高いものであることは確かなのでトップバッターに持ってきましたᕙ(⇀‸↼‶)ᕗ



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魔女狩りで多用された『火炙りの刑』

火刑(wikipedia)

火炙りの刑は中世ヨーロッパで魔女裁判が盛んに行われている頃に最も盛んに執行されていました👀

2015年にはイスラム国がヨルダン人パイロットのカサースべ中尉を火炙りにし、その様子を配信するというような事もありましたが...

火炙りには重罪を犯した者を苦しめて処刑する以外にも、忌まわしい邪気を火によって清めるという意味もあります(⊙_⊙')

しかし実際には生きたまま火炙りにされるケースは稀で、絞○や撲○で殺た後に火刑に処することが多かったようです〆(・∀・@)


人間ステーキ!?『スペインの椅子』

スペインの椅子のイメージ(世界の拷問・処刑事典

16世紀頃のスペインで、魔女裁判の際によく使用された為に『スペインの椅子』という名前が付けられています🪑

スペインの椅子の使い方とは?

犠牲者を鉄帯で固定してから足に油やラードをたっぷり塗って座面の下の皿に火のついた石炭を置く...

すると熱が鉄製の椅子に伝わり、徐々に尻や太腿の裏、ふくらはぎなどに伝わっていきます(⊙_⊙')

皮膚が焼かれると次は筋肉も焼かれてしまいまるで人間ステーキ状態...

再起不能の大火傷を負うこと間違いなし(;-_-)

『釜茹での刑』に処された石川五右衛門!

釜茹でに処される石川五右衛門(Wikipedia)

釜茹での刑は中国で多く見られた処刑法ですが、日本で釜茹での刑に処された人物で有名なのは

やはり『天下の大泥棒石川五右衛門』でしょう👀

秀吉は三条河原に多くの民衆を集めて石川五右衛門の公開処刑を行ったのです👀

大樽で10個以上の油が用意されて、五右衛門だけではなく息子や母親、一族十数人が煮殺されてしまう。

油の温度が上がっていくと五右衛門は息子を高々と揚げて何とか助けようとしたが、最後は力尽きて息子ともども死んだと伝えられています(⊙_⊙')

上の画像はその様子を描いた有名な絵ですよね👀

親指の骨を粉砕する!?『親指ネジ締め器』

親指ネジ締め器(NAVERまとめ)

2枚の鉄の板に親指を挟んで、鉄板のネジを締めることで親指の骨を粉砕させることができる器具。

これは『親指ネジ締め器』と言われるモノで1768年に公布されたテレジア法にも明記されている、正式な拷問器具の1つです(⊙_⊙')

(テレジア法とは神聖ローマ皇后マリア・テレジアによって公布された図解付き拷問マニュアルのこと)

テレジア法に描かれた親指ネジ締め器(世界の拷問・処刑事典

親指の骨を粉○する拷問器具ですがこれでも初級レベルだそうですw

この拷問器具は大きさもポケットに入るようなサイズの為に持ち運びも容易で、イギリス、ドイツなどのヨーロッパ全土で好まれて使用されていました👀

初級の拷問でも威力は抜群!

初級レベルの拷問でもその効果は絶大で与えられる苦痛は想像を絶するモノだったそうです😱

ネジを締めつけっぱなしにすると感覚が麻痺するので『締めつけては緩め』を繰り返して拷問を行なっていました。

しかし、この拷問に耐える者は多く、締めつけたまま鉄板を叩いたり、鞭で体を叩いたりして追加で苦痛を与える場合もあった。

締め続けると、爪の根元から血が吹き出し、最終的には親指の骨が砕けてしまう...

庶民に人気だった!?『酔っ払いのマント』

18世紀に描かれた「酔っぱらいのマント」(Wikipedia)

『酔っ払いのマント』というユニークな晒し刑を紹介したいと思いますᕙ(⇀‸↼‶)ᕗ

これは酔っ払って他人に迷惑をかけたり、酒○りで社会生活がまともに出来ない人々に対して更生を目的とした晒し刑の1つでした🍻


『酔っ払いのマント』はまず酒樽の底を抜き、次に人の頭が出るように上に穴を開ける。

手も出るように酒樽の横部分にも穴を開けて、樽を縦に割り、酔っ払いの罪人を入れて樽を閉じる。

そうすると、樽をマントのように着たダルマのような人間が出来上がるんですw

この姿で町中を行ったり来たりさせられて晒されるので、野次馬が集まりかなり盛り上がっていたようですね🤩

特にイギリスではかなり人気がありました〆(・∀・@)


徐々に引かれる苦しみ!『鋸引き刑(のこぎりびきけい)』

ヨーロッパの鋸挽き(Wikipedia)

鋸引き刑はヨーロッパや日本でも行われていた処刑法です👀

犠牲者は固定され長い2人用の鋸の両端を持った処刑人によって少しずつ切○れていく。

鋸の歯が粗いものが使われていた為に犠○者の苦しみを長引かせることになりました🥶

日本では斬首の為に用いられることが多かった鋸引き(世界の拷問・処刑事典)

日本では戦国時代、主殺○や親○しの重罪犯に科せられていた。

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