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日本軍にまつわる不思議・奇妙・ゾッとする話!
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日本のために命をかけて戦った日本軍ですが、戦時中に不思議な体験をしていたことをご存知でしょうか?

その中には常識では考えられないものや、異形のモノを目撃するなどさまざま...

そこで今回は『軍隊にまつわる不思議な話』をいくつか紹介していきます。

果たして日本軍は一体どんな体験をし、何を目撃したのか!?

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日露戦争で日本が勝利できたのには理由がある!?

連合艦隊司令長官東郷平八郎大将他
画像:日露戦争特別展HPより

日露戦争は1904年(明治37年)2月〜翌年9月にかけて行われ、当時の超大国のロシア帝国に日本が勝利を収めた事実は世界を驚愕させたことは言うまでもないでしょう(⊙_⊙')

しか〜し、ロシア軍に対して経済力・軍事力共に劣っていたハズの日本軍が勝利できたのには

ある不思議な理由

があるようなんです(*´Д`*)

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日本軍の捕虜になったロシア兵の証言

朝鮮半島を進軍中の日本軍歩兵(1904年撮影)
画像:wikipedia

日露戦争時に日本軍の捕虜となったロシア軍の兵士たちは

ロシア兵
『黒い服を着た日本兵は銃で撃○ば倒れたが、 なぜか白い服を着た日本兵はいくら撃っても倒れなかった

ロシア兵
赤い服を着た兵士は狙い撃ちしても、 全く弾丸が当たらない

と話していたそうです(⊙_⊙')

またロシア兵は謎の兵士の存在について日本兵に尋ねたのですが、当時の日本軍では白や赤の軍服は採用されていなかったため、誰ひとり答えることができなかったのです。

ではロシア兵が狙い撃った白や赤の兵士たちは何者だったのか...

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日中戦争で日本軍がキョンシーを目撃した!?

画像:IGN

1937年(昭和12年)7月に勃発した日露戦争以降、日本軍はアジア各地で戦闘を繰り広げたわけですが、その際に異形のモノを目撃したという記録が数多く残されているんです(*´Д`*)

日中戦争時、日本軍は湖南省・衡陽地域へ進出するべく攻撃を開始。

しかし、中国軍の抵抗に苦戦し、戦況は膠着状態(こうちゃくじょうたい)に...

そこで、日本軍司令部は停戦を持ちかけて『野戦病院を設置し、お互いの負傷兵を治療する』

という約束のもと、衡陽地域に侵入することに成功するんです。

すると、ある晩のこと、1人の中国兵がトイレに行ったのですが、その帰りになんと!?

キョンシー』がいた

と証言したんです_:(´ཀ`」 ∠):

(キョンシーはアラフォーぐらいの人なら知ってると思いますが、子供の頃によくテレビで放送されており、僕も子供の頃大好きでしたw )

この証言は当初、全く相手にされなかったのですが、やがて日本兵や看護師からもキョンシーを目撃したという証言が相次いだため、病院内にはなんとも異様な空気に包まれていたのです。

その矢先に...

キョンシーの呪い!?

霊幻道士2/キョンシーの息子たち!
画像:WOWOW

入院していた中国下士官が、病院から忽然と姿を消すんですが、この下士官は左太腿部に重傷を追っていたため、歩ける状態ではなかったんです(*´Д`*)

また院外に出た様子を目撃した者も誰ひとり居なかったのです。

それから10日後...

病院から数十km離れた場所にある畑の中で下士官は死○で発見されたことで、中国兵たちは

キョンシーの呪いだ!!!

と大パニックに陥り、キョンシーを鎮めるための祈祷を要望。

そして日本兵主導で実際に祈祷の儀式が行われ、その後、2度とキョンシーが現れなくなったそうです_φ( ̄ー ̄ )

日本軍部隊が現地の人間から受けた驚きの報告とは!?

大阪市の瑞龍寺が所蔵する河童とされるミイラ
画像:朝日DIITAL

1943年(昭和18年)、太平洋戦争中にインドネシアのケイ諸島に常駐していた日本軍部隊は、現地の人間から

オラン・イカン(魚人)

という謎の生物の死○を発見したと報告を受けるんです(*´Д`*)

当時の報告書には

  • オラン・イカンの全長は約1.5m
  • 髪は赤茶色で肩まである
  • 額は広く、耳は小さい
  • 口は淡水魚のよう
  • 手足には水かきがある

と記録されています。

また、その後も日本軍兵たちは海岸付近で泳いでいるオラン・イカンや、海岸を親子で泳いでいるオラン・イカンを目撃しているようです。

オラン・イカンの身体的特徴から推測すると、日本の河童に似ている気がしますね(⊙_⊙')

太平洋戦争中に相次いだUFO目撃情報!

米国防総省が公開した映像に映っていた未確認飛行物体
画像:BBC NEWS

太平洋戦争中にはUFOと思われる謎の飛行物体の目撃情報が相次いでいます(⊙_⊙')

昭和18年5月に静岡県・浜松の高射砲隊基地上空に白く発光した飛行物体が出現し、その後、滑るように水平移動しながら消えたようで、UFOを目撃した兵士たちは

  • 『英霊の人魂』
  • 『運気が具現化したもの』

などと推測したのです。

ケース②オレンジ色に輝くUFO!?

浜松のUFO事件から数ヶ月後、ビルマ戦線上空を司令部偵察機が飛行していると!?

オレンジ色に輝く1列に並んだ複数のUFOに追跡されたと言うんです(*´Д`*)

この時、偵察機には武器が装備されていなかったので、パイロットは加速したり、機体を左右に揺らすなどして、追跡から逃れようとしました。

偵察機は時速600km以上のスピードで飛行していましたが、UFOは楽々追跡し、結局、15分ほど偵察機の周りを飛び回った後に、超高速で消えていったそうです...

ケース③UFOを追撃しようとしたが...

1945年(昭和20年)には、米軍のB29を追撃するために出撃した、紫電型戦闘機の編隊の前に飛行物体が突如として出現。

パイロットの何人かは撃墜を試みますが、飛行物体に照準を定めてもUFOは垂直飛行をしたりなどの物理的不可能な動作を行なったため、撃墜できなかったんです(*´Д`*)

編隊は追撃を諦めて、基地に戻って状況整理をしようとしましたが、今度はUFOがパイロットを挑発するように基地上空に現れて、飛び回り続けたそうです(⊙_⊙')

このように戦時中に数多くのUFOらしき飛行物体が目撃されていますが、この時代だからこその信憑性があると思いますねw

太平洋戦争中に奇跡が起きた!?

日本海軍の攻撃で炎上する戦艦『アリゾナ』
画像:wikipedia

太平洋戦争中には奇跡としか思えないような出来事が度々発生しています(⊙_⊙')

昭和18年5月27日、米軍からの攻撃が激化したことで、アリューシャン諸島・キスカ島を占領していた約6000人の日本軍部隊に対して、撤退命令が言い渡されました。

当時、撤退作戦に参加していた兵士たちの証言によると

米兵に追撃されている最中に、誰もいないはずの場所から万歳三唱が聞こえ、そちらに向かうと安全な場所に
たどり着いた』

ということがあったそうです👀

画像:wikipedia

また、当時の米軍艦隊は、日本軍の艦隊を発見するために大規模なレーダー網を配備していたのですが!?

なぜか、レーダーの故障が相次いだんです(*´Д`*)

また同年7月26日には、日本軍の艦隊を発見した米軍艦隊が、3機の艦艇を出撃させて、激しい砲撃を行なったのですが!?

そこには何も存在せずに、いつの間にかレーダーの反応も消えていたそうです。

このような奇跡のような出来事に対して、日本兵は『散っていった兵士たちが霊となって救ってくれた』と解釈したのです。

硫黄島で怪奇現象が起きていた!?

第26海兵連隊第1大隊の上陸後の戦闘の様子。
画像:wikipedia

硫黄島は現在、一般人の立ち入りは禁止となっており、自衛隊の航空基地が設置されていますが、駐在する自衛隊員たちから

  • 『水をくれ...』
  • 『熱い...
  • 『故郷に帰りたい...』

といった声を聞いたという証言が相次いでいました_:(´ཀ`」 ∠):

この他にも、毎晩、身体の一部を欠損した日本兵が窓からのぞき込んできたり、枕元に血まみれの兵士が現れて『水をくれ...』と呻いたなどの怪奇現象も報告されていたため、自衛隊の数々の厳しい任務の中でも硫黄島の駐在は、もっとも過酷なものとして語り継がれていたのです(*´Д`*)



上皇陛下と上皇后陛下
画像:HUFFPOST

そんな硫黄島が一変するきっかけ地なったのが、平成6年(1994年)2月に行われた天皇・皇后(現上皇・上皇后)両陛下による、硫黄島訪問なんです👀

訪問の際に天皇陛下は黙祷を行い、犠牲者たちを慰労する内容の歌を詠んだところ、なんと!?

それ以降、怪奇現象は、ほとんどなくなったのです(⊙_⊙')

天皇陛下の言葉で犠牲者の霊たちが成仏した。

とでも言うのだろうか...

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