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731部隊には姉妹部隊が存在した!ベールに包まれた100部隊とは!?
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中国人をはじめとした捕虜を”マルタ”と呼び数々の人体実験を行っていた731部隊に姉妹部隊が存在していたことはあまり知られていません(⊙_⊙')

731部隊の姉妹部隊は100部隊(イチマルマル部隊)と呼ばれていたのです。

100部隊には一体どのような任務が課せられていたのか!?

彼らの活動内容を覗いてみましょう...



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100部隊とはどんな組織だったのか?

731部隊に配属された将校達が行進する様子
(悪魔の飽食より)

100部隊は1935年(昭和10年)に編成され100部隊の最高責任者は当時、関東軍獣医部長だった高橋隆篤獣医中将で高橋獣医中将のもと、若松獣医少将が部隊長を務めていました👀

100部隊は731部隊の研究実験と人材をベースにして新たに創設された家畜と植物を対象とする細菌部隊で隊の本拠地は満州国の首都だった新京南方10キロに位置する孟家屯に。

隊員の数は800名で731部隊と比べるとやや小規模でしたが頑丈なコンクリート2階建てと多数の研究室が広大な敷地内に建設されていたのです。

100部隊は2部編成だった!?

731部隊長 石井四郎
(Wikipedia )

100部隊は細菌戦実践研究の第一部と第二部に分かれていました。

第二部では次のような構成になっていました✅

  • 第一課・・・ 炭疽菌製造及び研究実験
  • 第二課・・・鼻疽菌製造及び研究実験
  • 第三課・・・その他の流行性獣疫菌製造および実験研究
  • 第四課・・・第三課と同じ
  • 第五課・・・黒穂病菌およびモザイク病菌の製造および実験研究
  • 第六課・・・牛疫病菌の製造および他の化学性毒物の製造研究

ここに出てくる炭疽菌は人畜を冒すものと植物を冒すものの2種類がありますが100部隊で製造・研究されていたのは動物対象が主体だったのです👀

100部隊はこうした病菌を用いて中国軍、ソ連軍の軍馬や農村地帯家畜を全滅させる実験研究を行っていたのです。

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100部隊に与えられた主要任務とは!?

麦畑の中を進軍する731部隊の様子
(悪魔の飽食より)

炭疽菌や鼻疽菌は人間にも伝染し病菌を注射した牛・馬・羊をこっそり敵地に放つことで軍馬家畜は次々と感染。

また牛馬の世話をする人間も殺○ことができることから100部隊はここに着目したのです(⊙_⊙')

100部隊は炭疽菌だけでも年間1000kg、鼻疽菌500kg、赤穂菌を500gの製造能力を有しており『対ソ作戦が始まった時、もし日本軍が作戦上の都合で大興安嶺(だいこうあんれい)まで退却した場合には全ての河川、貯水池、井戸を細菌や猛毒で汚染し、全ての作物を荒廃させ、羊牛を死滅させること

これが関東軍司令部から100部隊に与えられた主要任務でした。

731部隊と100部隊は悪魔の姉妹...

旧新京市内にある関東軍司令部横門跡
(悪魔の飽食より)

100部隊の実験研究は研究室内だけのものではなく731部隊同様にマルタが使用されていた...

(後に100部隊にいた三友第六課員はハバロスク軍事裁判法廷で100部隊がマルタを使って生○実験を行っていたことを明らかにしています)

こうした実験を行った結果”マルタ”は衰弱し、実験の役に立たなくなるとマルタに下痢を起こさせたうえで”薬”と称して”青酸化合物”を注○して殺○たのです。

731部隊ではマルタの骨と灰を”骨塚”に捨てていましたが100部隊では部隊裏の家畜墓地に死○を埋めていたようです(⊙_⊙')

731部隊と100部隊はともに細菌を弄ぶ悪魔の姉妹だったのです...

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100部隊の役畜皆ご○し作戦!

731部隊の衛生兵野戦演習の光景
(悪魔の飽食

1942年の夏頃、ソ満州国境近くを流れているデルブル川に約30人の男たちが河原を歩いていたのです。

男たちは関東軍(関東軍軍馬防疫廠)満州100部隊の村本少佐以下、将校、研究員、技術者たちで彼らの装備器材はかなり大掛かりなものでした👀

(大型のゴムボート、金属製容器十数個、大型のトランク、ガラス容器、桶、長いひしゃくなど)

これらを布で覆い隠して運んでいたんです。

先頭に立った指揮官の男は双眼鏡でデルブル川の下流を確認すると、あと少しでソ連領で双眼鏡で偵察するかぎり、ソ連の守備隊の姿は見当たらなかった...

指揮官が手を上げると一行は停止し、身の丈ほどある水草の陰で器材の組み立てを始めたのです。

ゴムボートが膨張し、二隻のボートの後ろに岸からのロープが結ばれボートの上に大型の金属製容器や桶が積み込まれました(⊙_⊙')


100部隊の研究員たちの目的は!?

731部隊の細菌製造工場略図
(悪魔の飽食)

ボートの上に一人ずつ、100部隊の研究員が乗り込むと短いオールを巧みに操りボートはデルブル川の中流へと進む。

一隻のボートが数百メートル進んだところで同じように金属製容器などを積み込んで二隻目のボートが発進。

岸からのロープが張り切ったところで二隻のボートの上から研究員がそれぞれの容器のフタを開き川面に浸したのですがこの容器の中には大量の鼻疽菌が入っていました。

容器は川面の下でゆっくりと鼻疽菌を吐き出し続けたのです...

デルブル川は下流のすぐ近くでアルグン川に合流、アルグン川はソ連領に流れ込んでいた...

100部隊の目的はソ連軍国境警備隊の目をかすめ、国境から至近距離の地点で大量の鼻疽菌を流し込み川水を汚染させることでした(⊙_⊙')

『鼻疽菌でたっぷり汚染された川水がソ連領に流れ込めば、その水はどこかの岸の近くでよどみ家畜が飲み、人間が飲む。その結果、ソ連領内で多数の家畜と人間が死○はずだ...』

『これが100部隊実験隊の狙いだった』と元100部隊員が証言しています。

またこの実験の結果、下流で何が起こったのかは一般隊員には知らされていないそうです。

100部隊の秘密の牧場!

731部隊の朝礼点呼光景
(悪魔の飽食

100部隊はソ満国境近くのハイラル市西北80kmの地点に秘密の牧場を持っていて牧舎には500頭の羊、100頭の牛馬が飼育されていました(⊙_⊙')

(家畜は100部隊が中国北興安省の住民から購入)

こうした家畜を温存する一方で100部隊は1944年4月に秘密部隊を北興安省に送り込み、省内を視察するかたわら興安省一帯の『家畜総数』の計算を命じていました。

(計算の結果、家畜総数は約150万頭)

『日ソ開戦になれば、国境を越えて進軍してきたソ連軍は必ず北興安省の家畜を全部ソ連領内に戦利品として移送するだろう。その時に鼻疽菌を注射した羊・馬・牛を放棄して撤退すれば、1週間か2週間後には家畜のたまり場で伝染病が爆発的に流行するだろう...

100部隊が牧舎で羊を飼っていた狙いはここにあったのです。

731部隊と同様に100部隊の実態はほとんど解明されていませんが100部隊には多数の獣医、研究者が軍属として配置され”マルタ”を相手に家畜伝染病や毒物の研究を行っていたことは確かなようです。

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