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 【山口母親殺害事件&大阪姉妹殺害事件】山地悠紀夫の犯した2つの殺人事件!

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これは今から約22年前の2000年7月31日、僕の地元である山口県で起きた事件で、さらにこの犯人は僕と年齢が同じだったため、当時、衝撃的で学校でかなり話題になりましたね(*´Д`*)

またこの犯人は後に、大阪姉妹殺○事件を起こすことに...

当時、16歳の少年はなぜ、母親を殺◯し、その後、新たな殺◯に手を染めてしまったのか!?

さっそく見ていくとしましょう_φ( ̄ー ̄ )

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少年は家庭環境に恵まれなかった!?

犯人・山地 悠紀夫

画像:未解決事件どっとこむ

犯人の名は山地 悠紀夫

彼の父親は転職を繰り返しており、また酒癖が非常に悪く妻や息子に対してよく暴◯を振るっていましたが、1995年1月、山地が小学5年の時に肝硬変で他界し、その後は母親と2人暮らしになります(⊙_⊙')

山地は内向的な性格で学校では友達も少なかったようです。

さらに家庭の経済状況が思わしくなかったため、小学校時代は家庭科の教材費の支払いができず、それを理由に教師から

『調理実習で作った料理を食べる資格がない』

と言われ、作った料理をゴミ箱に捨てるように命じられたこともあったんです_:(´ཀ`」 ∠):

山地は中学卒業後、高校へは進学せずに知人の紹介で新聞販売店で働くようになりますが、その一方で、母親には借金があり、取り立てに来た男がアパートのドアを蹴り飛ばすことも...

母親は家賃や光熱費なども滞納していたため、生活保護の申請を行いますが却下されており、母の借金を山地が知ったのは6月になってからで、その時には借金は膨大な金額に膨れ上がっていたため、彼にはどうすることもできませんでした(*´Д`*)

事件の直前の7月27日と28日に、山地は仕事を初めて無断欠席し、28日の夕方頃に同僚が迎えに来て途中から出勤しています。

が!!!

その時に

山地
『母親の借金で困っている。 もうどうにもならない金額だ』

と同僚に相談しており、また以前に

山地
『母親に再婚話がある。 僕は邪魔者だから家を出る

とも話していました。

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母親との口論がきっかけで金属バットで撲◯!

山地 悠紀夫

そして事件当日、山地が交際したいと思っていた女性の携帯電話に

母親が無言電話をかけた

ことをきっかけに口論となり、さらに母親から

『出て行け!!』

と言われ逆上し、借金問題の鬱憤(うっぷん)もあり頭に血が上った山地は金属バ○トで母の頭や顔、胸などを殴◯して殺◯した...

後に山地は母親を殺◯した際に

山地
『返り血を流○ためにシャワーを浴びたら、 射○していたことに気づいた

と述べているため、彼の異常性を窺い知れますね(*´Д`*)

そして7月31日午前1時過ぎに山地は

山地
『母親を殺○た

と自ら110番通報し、殺○容疑で緊急逮捕されたのです。

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逮捕後の山地『自分はどうなってもいい』

山地 悠紀夫

逮捕後の山地は投げやりな態度が目立ち、当初は弁護士の選任を行うことを拒否していました(⊙_⊙')

また8月2日に県弁護士会から派遣された弁護士と接見した際には

山地
『弁護士は必要ない。 自分はどうなってもいい!!

と言って接見室から出て行ったのです(*´Д`*)

そして8月21日に山口地検に『刑事処分相当』の意見書付きで

『計画的な犯行ではなく家庭環境に起因。動機にも酌量する点があり、長期の矯正教育が望ましい』

と判断されます(⊙_⊙')

不遇な家庭環境や母の借金問題、行動が突発的な殺○につながったため、更生のする余地はあるとされたわけです。

が!!!

この時は彼の本当の異常性に誰も気づいていなかった...

大阪姉妹殺◯事件『殺○の快楽が忘れられなかった』

山地 悠紀夫

2005年11月17日、大阪市浪速区のマンションの一室で火災が発生し、住人の女性とその妹が血ま○れで倒れているのが発見され、病院に搬送されたものの、まもなく死亡。

翌日、警察が逮捕したのはなんと!?

住所不定の無職・山地悠紀夫だったんです!!!

それでは少年院を出所してからの山地の足取りを追ってみましょう(⊙_⊙')

2004年、岡山の少年院を本退院し、精神科医に

山地
『法律を守る気はありません』

と漏らし、これを懸念した医師が意見書を提出したにも拘らず、なぜか!?

退院許可が下りてしまうんですよ( ;´Д`)

2005年頃からはパチスロ機からコインを不正に盗む『ゴ◯師』のグループに加わりますが、稼げずに脱退し、その後は野宿しながら大阪に流れついています。

それでは時計の針を大阪姉妹殺◯事件に戻しましょう(⊙_⊙')

山地は逮捕後に

山地
『母親を殺◯た時の快感が忘れられず、 人の血を見○くなった』

と供述しています。

被害者姉妹を強◯し陵○!

被害者姉妹

山地が被害者姉妹をどう見初めたのかはハッキリしていませんが、事件の数日前に、姉妹のマンション周辺をうろつく山地が目撃されています(⊙_⊙')

さらに事件前日の夜、姉妹の部屋だけが停電になり、この時も配電盤にいた山地を被害者妹が目撃していたため、彼はこの姉妹を襲◯ことを決めていたことになります。

そして11月17日、ナイフやハンマーを持った山地は帰宅した姉の後を追いかけ、背後から襲撃し、強引に部屋に入り込む。

そして部屋の奥まで姉を引きずって、ナ◯フで胸を刺○た上で服を脱がせて強○。

10分後、何も知らずに帰宅した妹もナ◯フで刺◯れ、血ま○れで横たわる姉のそばで陵◯された...

その後、山地はベランダで一服してから、姉妹にトドメを刺○、放火。

わずかな金品を盗んで逃亡した...

再逮捕後に山地が語った内容!

山地が母親を殺◯したアパート

マンション周辺をうろついていたことで、山地はすぐに捜査線上に浮かび上がり、12月5日には建造物侵入容疑で逮捕(神社の倉庫で勝手に寝泊まりしていた)され、強○殺○を自供したため、殺◯容疑で逮捕されます(⊙_⊙')

(再逮捕された山地は薄ら笑いを浮かべるなど反省の色は見えなかった)

取り調べの中で山地は前述した『母親を殺○た時に勃○した』に加え

山地
『姉妹を刺○たびに興奮した

と述べたのです。

山地に死刑判決が言い渡される!

うすら笑いを浮かべる山地

2006年5月1日、初公判では、やはり薄ら笑いを浮かべながら山地は

山地
『わからない

山地
『黙秘する

山地
『答えたくない

を繰り返しました(⊙_⊙')

ただし、犯行の動機については

山地
『人を殺◯たい欲求があった。 誰でもよかった。

と述べています。

精神鑑定の結果、弁護側は

『発達障害の可能性がある』

と主張しましたが、裁判官は完全な責任能力を認めました(*´Д`*)

10月27日、この日は山地の10回目の公判で、姉妹の友人が中心となって集めた2万3000人近くの極刑嘆願書が提出されますが、山地はそれを見ても

山地
『何も思わない

と答えるのみ。

11月10日、検察側は死刑を求刑し、12月3日、裁判長は求刑通りに山地に死刑を言い渡しますが、彼は顔色ひとつ変えなかったそうです( ;´Д`)

それから2年後、山地悠紀夫に死刑が執行され、これは母の殺◯から9年後のことでした。

生前、山地は入所中に弁護士が差し入れたノートにこう記しています↓

『何のために生まれてきたか、答えが見つからない。
人を殺◯ため。
もっとしっくりくる答えがあるのだろうか』

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