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狼男と呼ばれた殺人鬼『フリッツ・ハールマン』
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かつてドイツのハノーファーという街で人々から『狼男』と呼ばれ恐れられた人物がいます(⊙_⊙')

男の名はフリッツ・ハールマン

警察は事件を起こしたのがハールマンであることにすぐに気づきますが、彼を検挙するのを躊躇していたのです。

今回はフリッツ・ハールマン事件の概要、ハールマンと警察の関係、狼男と呼ばれた理由などを紹介していきます〆(・∀・@)

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警察がハールマンの逮捕を躊躇した理由!

刑事に囲まれたハールマン(中央)
画像:wikipedia

1942年5月17日ドイツのハノーファーにあるライネ川で遊んでいた子供たちが人間の頭蓋骨を発見。

この頭蓋骨は10代の若い男性のものであることが判明し、同年6月13日までに合計4つの頭蓋骨が打ち上げられ大騒ぎとなりました_:(´ཀ`」 ∠):

通報を受けた警察は最初『医学生がいたずらで捨てたのではないか?』と考えていましたが市民たちは納得しませんでした。


しかし市民たちはそれに納得しなかったのです。

なぜなら頭蓋骨には肉片がついていたから...

このように市民が騒ぎ出したので警察は本格的な捜査を行うことになるのですが、実は警察はすでに容疑者の目星がついていたのですがその人物(フリッツ・ハールマン)は警察のお気に入りの情報提供者だったため、警察は彼の逮捕を躊躇していたのです。

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ハールマンの自白

死体の一部を燃やしたハールマンのアパートのガスオーブン (wikipedia)

逮捕当時のハールマンは46歳で本業は肉屋。(同性愛者でもあった)

ハールマンは10代後半から犯罪を繰り返していて、裏社会にも顔が利く男でした(⊙_⊙')

また彼は『探偵』を名乗り警察にさまざまな情報を提供してお金をもらっており、このような関係のためハールマンの悪事を警察は長い間、見過ごしていた過去があったのです。

同年6月22日にフリッツ・ハールマンは逮捕され、彼のアパートから多くの血痕と被害者の衣服が発見されました。

最初の頃、ハールマンは

ハールマン
『血痕があるのは私が肉屋だからですよ』

ととぼけていましたが、警察の厳しい取調べの末

ハールマン
『30人か40人...思い出せませんが、少年たちの喉を食いちぎって殺○ました』

と涙ながらに自白したのです👀


7月24日、野原で遊んでいた子供たちが今度は袋に詰められた大量の人骨を発見。

さらに調査を進めた結果、ハノーファー全域からさまざまな部位の人骨が大量に発見され、バラバラの人体の断片は500点以上に達し、少なくとも22人分の死体であると推定され、ハールマンの自白を裏付ける形となったのです。

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フリッツ・ハールマンの生涯

ハールマンの住んでいた住宅(wikipedia)

フリッツ・ハールマンは1879年10月25日に機関士の父と病弱な母の6番目の子供としてハノーファーで生まれましたが夫婦仲は非常に悪く喧嘩が絶えませんでした。

優しい性格だったハールマン少年は出産が原因で寝たきりになった母の味方をし、父を憎んだ...

父親は気が弱い性格だったハルーマンを鍛えるために16歳の時に陸軍の下士官学校に無理矢理入学させますが、ハールマンはてんかんの発作を起こしたことがきっかけで結局彼は退学することになります(⊙_⊙')

このことが生涯にわたって彼の心に深い傷を残し、後に彼は

ハールマン
『自分は精神障害者なのだ』

という思い込みを持つようになっていくのです。

ハールマンが狼男と呼ばれるようになった理由!

ハールマンが最後に暮らしたローテ・ライエ通りの屋根裏部屋(Wikipedia)

ハールマンが事件を起こした当時は、まだシリアルキラー(連続殺人犯)という言葉が存在してなかったんです(⊙_⊙')

そのためこのような事件を表現する適切な言葉を見出せなかった大衆は彼を『狼男』や『吸血鬼』と呼ぶようになったのです。

残忍な方法で多くの人間を殺○したハールマンですがのんびりした口調で話し、人に好かれるタイプだったようで、むしろ彼は近所の住人たちから役人同様に敬意を払われていたようです。

美少年ハンス・グランスの虜になったハールマン!

刑事に取り押さえられているハールマン(wikipedia)

ハールマンは自分が25歳の時に同性愛者であることを自覚、次第に彼は自暴自棄な生活を送るようになり、裏社会の犯罪者と連むようになります(⊙_⊙')

やがて肉屋・情報屋として頭角を現したハールマンでしたが1918年に殺○の衝動を抑えれなくなり少年を殺○

この頃、ハールマンは生涯の恋人・相棒となる美少年ハンス・グランスと出会っており、グランスは弱冠16歳でしたが大人顔負けの悪党でした。

ハールマンはたちまちグランスの虜になり、逆にグランスはハールマンの恋心につけこみ、彼の殺○衝動を自らの利益のために利用するようになっていくのです。

家に連れ込んだ少年をハールマンが喉笛を食いちぎって殺○し、 被害者の衣類や所持品の売り払い、死体の肉は『豚肉』と称して屋台で売っていたそうです_:(´ཀ`」 ∠):

またグランスは時折、ハールマンをそそのかしては新しいターゲットを物色させていました。

ハールマンの犯行は防げた!?

ハールマンの犠牲者の墓(Wikipedia)

ハールマンが殺○を始めて間もない頃に2人の女性がハールマン宅の鍋に入っていた奇妙な肉を持ち込むんです(⊙_⊙')

2人はグランスの愛人で鍋の中の肉は『ハールマンの家で消息を断った男性の肉なのではないか?』と疑っていましたが、刑事は(この刑事はハールマンを情報屋として使っていた)『これは豚肉だよ』と笑いましたが念の為2人を警察医の所へ連れていきます。


しかし、警察医もまともに取り合おうとしなかったんです👀


この時に刑事や警察医がちゃんと捜査に乗り出していたら、その後に起こった25件の殺○は防ぐことができたのです。

ハールマンの裁判はVIP待遇だった!?

ハノーファーにおけるハールマンの裁判

1924年12月4日からフリッツ・ハールマンの裁判が始まります。

しかし、警察はハールマンとのつながりをできるだけ市民に知られないようにしたかったんです(⊙_⊙')

そのためハールマンは警察から特別に『刑事』を名乗ることが許されていました。

そんな立場にいたハルーマンが何十人もの人間を殺○ていたことが露見すれば、大スキャンダルとなり、下手をすると警察官の大量解雇を求める抗議運動に発展しかねなかった。

このようなことから不都合な事実をハールマンが暴露しないように警察は彼をVIP待遇にして機嫌を取ることにし、法廷内でなんと!?タバコを吸うことを許されたのです。

VIP待遇に気をよくしたハールマンは自身の犯行の一部始終を証言する代わりに警察に不都合な事実については全く証言しませんでした。

またある時、法廷で殺○れた少年の遺族を前にしたハールマンは少年の写真を見て

ハールマン
『こんな不細工な子供を誰が食うか!!!俺にだって好みがあるんだ』

と暴言を吐いたのです。

裁判は速やかに進行し、ハールマンは24件の殺○について有罪となり死刑を宣告されました。

また彼の相棒・グランスは一度死刑を宣告されますがハールマンが彼の無実を明言した手紙が見つかったため、懲役12年に変更

1925年4月15日、ハールマンはギロチンによって処刑されました。

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