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【黒歴史】九州大学生体解剖事件!米兵捕虜8人を実験台に!?
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九州大学は全国的に名の通った有名大学ですが

九大にとって黒歴史と言える事件が起きています(⊙_⊙')

それが今回紹介する『九州大学生体解剖事件』

九州大学の関係者が米兵捕虜に対して生体解剖を行った

というものなんです🥶

(事件当時は九州帝国大学)

米兵捕虜たちはなぜ生体解剖の実験台になったのか?

そして九大関係者はなぜ非人道的な生体解剖を行ったのか?

早速みていきましょう〆(・∀・@)

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米兵捕虜は医学の発展のために実験台になった!?

このうちの8人が被験対象となり、全員が大量出血で死亡した。

第2次世界大戦末期の1945年5月のこと

九州方面への空襲を終えたアメリカ軍の爆撃機B29が

大分県で撃墜されてしまいます(⊙_⊙')

搭乗員12人はパラシュートで脱出しますが

このうち3人は死亡、残りの9人は捕虜となります。

機長は東京に移送され

他の8名は裁判を受ける機会を与えることもなく

死刑が確定
するんですが

軍司令部は捕虜をただ処刑するよりも

医学の発展のためにと九州帝国大学医学部で

生体解剖の実験台
にすることを決めます。

このような経緯で8人は生体実験の被験者なった...

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生体実験の目的とは!?

九州大学生体解剖事件をモチーフにした映画『海と毒薬』の手術シーン
画像:マイシネマ

生体解剖は1945年5月17日から6月2日の17日間

九大医学部外科部長の石山福二郎教授の指揮のもと

同大学の医師や軍参謀が立ち会って実施されました(⊙_⊙')

この実験の目的は...

  1. 新しい手術方法の確立
  2. 不足する代用血液の開発
  3. 結核の治療法の確立
  4. 人間の生存に関する探求

この4つでこれを達成するために

考えられた手術は次の通りです🥶

  • 肺の切除手術
  • 心臓の停止実験
  • その他の脳や肝臓などの臓器等の切除
  • 血管へ薄めた海水を注入する実験
  • どれだけ出血すれば人間が死ぬかを見る手術
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生体解剖実験の様子が鬼畜過ぎる!

1人目の被験者は結核や肺がん治療などの名目で

エーテル麻酔で眠らされた後に

健康な右肺を全◯出される。

2人目の被験者にも同様の手術を行ったところ

両名ともに大量出血で死○。

その後、医師団は遺体から胃や腸、肝臓、膀胱、心臓

などの臓器を切除して標本にしたようです(⊙_⊙')

3人目の被験者には

心臓摘出の実験○術が施されました。

まずは開腹して胃を切除し

十二指腸を切り離して血管と縫い合わせたのですが

この時、縫合は成功するものの

左胃動脈から血が噴き出して止まらなくなります😱

それでも執刀医は手術を続行し

胸部を開き心臓にメ○を入れ摘出。

この実験の狙いは『 生きている間に心◯を取り出すことが可能か?』

でこの手術のあと当然のごとく米兵は死亡。

4人目は肝臓全○出され激しい出血で死亡。

この時、医師団は前回の解剖では採取しなかった

甲状腺や睾丸などを遺○から摘出し標本にしたそうです(⊙_⊙')


実験はさらにエスカレート!首を◯り落として標本にした!?

 九大医学部外科部長の石山福二郎教授

次なる実験は脳がテーマ

麻酔で眠らせた被験者をうつぶせで寝かせ

後頭部の皮膚を剥○し頭蓋骨を医療用ノコギリで○開。

脳の内部をむ○出しにした上で

小脳をかき分け脳橋部(のうきょうぶ)を観察。

頭蓋から大量出○した被験者は当然のように死亡。

この時の執刀医の石山教授は

さらに被験者の首を切り落として脳漿(のうしょう)の標本を

採った
のです(⊙_⊙')

石山教授の疑似血液の実験!


石山教授は捕虜を使い疑似血液の実験も行っていました(⊙_⊙')

生体解剖が行われていたのは

日本の敗戦が色濃くなっていた時期で

軍部が視野に入れていた本土決戦が現実となれば

1千万人以上の死傷者が出るとみられていて

人血に変わる血液の開発が急がれていたのです。

そこで石山教授は代用血液として

海水が使用できるとの仮説
を提唱。

米兵捕虜に対する一連の生体解剖でも

出血で危篤状態に陥った被験者の意識を回復させるため

海水注入が試されて
いました👀

しかし、 一時的に脈は安定したものの

効果は長く続かなかった。

実験は改めて海水注入による代用血液を主題にし

被験者の動脈を切って血液を抜き取った後

血液と同じ塩分濃度の海水を注入して

血液を測る計画で始まったのですが

500ccの血液を抜き、300ccの海水を入れたところで

血が止まらなくなってしまうんです🥶

すぐに止血を施したものの

脈は弱く血圧も下がり

結局、被験者は実験がスタートして1時間半後に死亡

実験の成果はまるでなかったんです🤮

石山教授は自◯、関係者は死刑に!

戦後、軍と医師団は『犠牲になった米兵は広島の原爆投下で死亡した』として

実験の隠蔽工作を図りました。

が!!!

GHQの調査で事実が判明し

石山教授は取り調べの最中に自○。

1948年の横浜軍事法廷では

生体実験に関わった関係者30人が裁かれ

軍関係者2人、九大関係者3人が死刑

18人に有罪判決が下りました(⊙_⊙')

しかし対日感情を考慮したアメリカが

1950年代に恩赦を与え獄中の身にあった多くの人間が釈放
されています。



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