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【ジャック・ケヴォーキアン】患者130人を殺し『殺人医師』『死の医師』と呼ばれたクレイジー過ぎるドクター!
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2020年公開の映画『ドクター・デスの遺産 BLACK FILE』には闇サイトで安楽死を請け負うドクター・デスという医者が登場します(⊙_⊙')

映画では病で苦しむ夫を楽にさせようとした妻がネットでドクター・デスのサイトを見つけ、彼に依頼して夫を安楽死させてもらう...

という内容なのですが実はこのドクター・デスのモデルになった医師が存在するんです(*´Д`*)

ジャック・ケヴォーキアン
右側にあるのは彼が開発した『タナトロン』と呼ばれる自◯装置

その医師の名はジャック・ケヴォーキアン(アメリカ人医師)でタナトロンと呼ばれる自○装置を開発し

末期癌患者など130人の自◯を幇助

したことで『殺○医師』『死の医師』と呼ばれるようになります_:(´ཀ`」 ∠):

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ジャック・ケヴォーキアン『死ぬことは犯罪ではない』

ジャック・ケヴォーキアン

末期癌患者など治療をしても助かる見込みのない人が自らの意思で延命治療をしないまま最後を迎える『尊厳死』は2022年現在、ヨーロッパの大半の国が合法と認めています。

が!!!

薬○投与などによる『安楽死』を認めているのは

  • スイス
  • オランダ
  • ベルギー
  • ルクセンブルク
  • アメリカ(一部の州)

のみとなっています。

しかしケヴォーキアンは法を理解したうえで

ケヴォーキアン
『死ぬことは犯罪ではない』
   

と主張し

殺◯に加担

したのです。

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ケヴォーキアンの死に関する持論

ジャック・ケヴォーキアン

1928年にミシガン州ポンティアックでアルメニア移民としてケヴォーキアンは生まれます(⊙_⊙')

彼は中学生にして

  • ロシア語
  • ギリシャ語
  • ドイツ語
  • 日本語

など複数の言語を習得し、1952年にミシガン大学医学部を卒業後はデトロイトの病院で病理医師として勤務するようになります。

ケヴォーキアンは当時から死に関する持論があり1959年に

ケヴォーキアン
『死刑を宣告された囚人が電気椅子や薬物注射による痛みを感じないように処◯は麻酔で行い遺◯を医学実験に使用すべき』
   

という内容の論文を発表するんです(⊙_⊙')

当時、世界中で死刑制度が運用されていた中でこのような主張することは異例中の異例。

ケヴォーキアンの上司は彼を痛烈に批判し、結局、追われる形で病院を去ることになります。

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囚人の遺◯から臓器を取り出すことを提案

トロイ・レオン・グレッグ
画像:Muder pedia

1972年にアメリカで死刑は『合衆国憲法修正第8条で禁止されている残虐な刑罰に相当する違憲なのではないか?』

という議論が巻き起こり、その4年後に死刑を廃止するんです。

(1977年以降に死刑制度は復活し現在、連邦と軍隊、27州で採用されている)

ところが1976年7月に強盗殺○で起訴されたトロイ・レオン・グレッグとジョージア州最高裁判所が争った裁判で『死刑は合憲である』という判決が下ります。

この時にケヴォーキアンは深刻な病気の患者への移植目的で

ケヴォーキアン
『グレッグの遺◯から臓器を取り出せばいい』
   

と提唱しますが認められず。

グレッグの死刑執行された1980年7月当時、ケヴォーキアンはミシガン州のポンティアック総合病院で

『死○の血液を生きている患者に輸血する』

という実験を病理医として行なっていました。

そこで彼は

ケヴォーキアン
『戦闘で負傷した米兵の命を助けるための技術開発が必須』
   

と主張しますが、これに対してペンタゴン(アメリカ国防総省)は何の関心も示さなかったのです。

2つの自◯装置を完成させる

ジャック・ケヴォーキアン

自らの主張・提唱がことごとく認められなかったケヴォーキアンはやがて安楽死に強い関心を持つようになり1987年からは

『死○カウンセリング』

のための医学コンサルタントとして活動するように。

そして1989年についに彼は2つの自◯装置を完成させたことを発表します_:(´ཀ`」 ∠):

1つはギリシャ語で”死の機械”を意味する『タナトロン』


これは点滴装置を付けた患者自身がスイッチを押すことでチオペンタール(麻酔薬の1つ)の点滴が始まり、昏睡状態に陥る...

その後に塩化カリウムの点滴がスタートし最終的には

心臓発作で死亡する

というものです(⊙_⊙')

もう一つはギリシャ語で”慈悲の機械”を意味する『マーシトロン』シリンダに接続されたマスクを患者に被せた後にバブルを開くことで一酸化炭素が注入されて死に至ります_:(´ཀ`」 ∠):

ケヴォーキアンの暴走!患者を次々に安楽死させる

裁判に出廷するジャック・ケヴォーキアン

ついにケヴォーキアンの暴走が始まる...

まずは54歳のアルツハイマー病の女性をタナトロンを使用して絶命させます(⊙_⊙')

世間はこれが自◯幇助に当たるとしてバッシングします。

が!!!

それと同時に患者が自らの意思で装置のスイッチを押したことから『積極的安楽死』であるという解釈も成立していたわけです(*´Д`*)

その後、9年間に渡ってケヴォーキアンは

死を望む末期がん患者130人を自◯装置で安楽死

させたことからメディアは映画のタイトル同様に彼のことを

『ドクター・デス』

と呼んだのデス...

ジャック・ケヴォーキアンの逮捕

ジャック・ケヴォーキアンのマグショット(1999年)
画像:付録部 blog-bu

1998年11月22日にCBSの番組『60ミニッツ』でケヴォーキアンがALS (筋萎縮性側索硬化症)を患った男性を自◯機械で安楽死させる一部始終を撮影したビデオが放映されたのですが...

その中で自力でスイッチを押せない患者に変わって

ケヴォーキアンが装置を作動させる姿

がハッキリと記録されていたんです_:(´ཀ`」 ∠):

放映後、ケヴォーキアンは逮捕され第一級殺人罪(後に第二級殺◯罪になった)で告訴されますが、彼は裁判で自らの正当性を主張したのです。

しかし、1999年に有罪判決となり10年〜25年の不定期刑がケヴォーキアンに言い渡されます。

ケヴォーキアンのその後

ジャック・ケヴォーキアン

その後、ケヴォーキアン健康状態悪化のため2007年6月に仮釈放となり、出所後は自◯幇助に手を染めることなく、積極的安楽死についての啓蒙活動に尽力します(⊙_⊙')

講演には多くの末期がん患者家族が押し寄せ『死の自由』について説く彼の話に大きな賛同を寄せたそうです。

こうした活動の中でケヴォーキアンの支持者が増えていったことから2008年の下院選挙に立候補しますが、大差で落選します。

そして2011年6月にケヴォーキアンは肝臓疾患の治療のために入院していたミシガン州の病院で86歳で亡くなっています。

死を処方する男 ジャック・ケヴォーキアンの真実

末期の病状に苦しむ患者を救うため、1980年代から彼らの自○幇助に関与し始めた医師のケヴォーキアン。130人以上もの死に関わり、“死の医師”と呼ばれた彼は逮捕されてしまう。安楽死の賛成派と反対派が激しく議論を戦わせるなか、彼に下った審判とは…。

 
 

 
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