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アルバート・デサルボはボストンの絞殺魔として裁かれなかった!?
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1962年年6月14日、マサチューセッツ州ボストンのアパートでアンナ・スレッサーズという中年女性の遺体が発見されされます(⊙_⊙')

しかも遺体はほぼ全裸の状態で両足は大きく広げられていました。

また首には絞殺で使用されたと思われる紐が蝶結びにされており、性○にはワインボトルが挿入されていたのです。

それから2週間後の6月30日には68歳の女性ニーナ・ニコルズの遺体が発見され、彼女もアンナ同様に絞殺で使用されたストッキングが顎の下で蝶結びにされていて、両足を大きく広げられた状態で発見。

他にも彼女たちの共通点があり、彼女たちの遺体は部屋に入った瞬間に下半身に視線が向くように配置され、この行動から犯人は女性への憎悪に満ち溢れている人物であることは明らかでした。

これによりボストン警察はこの街に”シリアルキラー”が住んでいることを確信することに...

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犯人は『ボストンの絞殺魔』として恐れられた!

アルバート・デサルボ

それから次々と同じ手口で殺○れた女性の遺体が発見され、ボストンはパニックになり、住民たちはこの犯人を『ボストンの絞殺魔』と呼ぶようになり恐れたのです。

この犯人がターゲットにするのは女性ばかりでしたが60歳〜80歳の老女を集中的に狙ったかと思えば、突如として若い黒人女性を狙うなど年齢や人種には拘りがなかったようです👀

そして1964年1月までの間にボストンの絞殺魔の犠牲になった女性はじつに13名にものぼりました。

ボストンの絞殺魔はなかなか捕まらず、この理由は被害者の年齢層が大きく変化したことで、これによってそれまでのプロファイリングが全て覆されてしまったからでした(⊙_⊙')

犯人が捕まらないことで市民の怒りと不安は募るばかり...

しかし1965年に性○罪の別件で逮捕されていたアルバート・デサルボ『自分がボストンの絞殺魔だ』と自白したことで事件は予想外の解決を見ることになります。

アルバート・デサルボは性○の塊だった!

裁判後、警察に留置所に戻されるアルバート・デサルボ

アルバート・デサルボは1931年9月3日マサチューセッツ州チェルシーで生まれますがデサルボの父親はアル中でデサルボと母に対して毎日、暴力を振るっていました(⊙_⊙')

さらに父は売○婦を家に連れ込んで、デサルボの目の前で平然と行為に及ぶような男だったんです。

デザルボは17歳で陸軍に入隊し、ドイツに5年間赴任。

現地で知り合ったイルムガルトという女性と結婚し、24歳の時に子供ができます。

デサルボは父親同様に非常に性○の強い男で妻の妊娠期間中に我慢の限界に達し、性○罪に手を出してしまいそれ以来、病みつきになってしまうんです。

また夫があまりにも体を求めるので妻はしだいにデサルボとの行為を拒むように...

それがさらにデサルボの欲求不満に拍車をかけ、常習的に性○罪を犯すようになります。

結局、これが元で刑務所にぶち込まれ、デサルボは11ヶ月服役したのちに釈放されたのです。

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300人以上の女性をレ○プして『グリーンマン』と呼ばれるように!

釈放後、デサルボの欲求は大爆発し、300人以上の女性をレ○プする強○魔になってしまいます。

また彼は犯行を起こす時はいつも『緑色の作業服』を着ていたため、警察はデサルボのことを『グリーン・マン』と呼ぶようになり、1964年11月6日にグリーン・マンことアルバート・デサルボはついに逮捕されます(⊙_⊙')

当初、警察はグリーン・マンとボストンの絞殺魔は別人と考えていましたが、精神異常の疑いで精神病院に収容された際に自分が『ボストンの絞殺魔』であることを告白。

さらに取調べで犯人しか知り得ない情報を打ち明け自分が絞殺魔であることを証明したのです。

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アルバート・デサルボは全ての女性を憎んだ!

デサルボは初めのうちはモデルのスカウトと偽って女性の体を触○程度でした👀

しかし、妻に行為を拒まれるようになってから、彼は女性への憎悪をコントロールすることができなくなり、世の中の全ての女性を憎むようになったのです。

デサルボは被害者の女性が『やめてください』と命乞いするのを聞いているうちに

デサルボ
『何だか妻に行為を拒まれたような気がした』

と証言しています。

デサルボはグリーン・マンとしてのみ裁かれた!

ボストンの絞殺魔の犠牲者たち


犯人しか知り得ない情報を語ったデサルボはボストンの絞殺魔であることは明らかでしたが、彼は『グリーン・マン』としてのみ裁かれています(⊙_⊙')

この理由ですが『ボストンの絞殺魔事件』はデサルボの自白以外に有力な証拠がなかったため、検察が裁判で勝つことは難しかったのです。

さらにデサルボの弁護人がデサルボは明らかに精神に異常をきたしており、科学的な調査の対象とするとともに『適切な医療措置を受けさせるべき』であると考えたためです。

審理を担当したモイ二ハン判事は陪審員に対して『デサルボを有罪にすることも、無罪にすることも、精神異常を理由に無罪にすることも可能』と説明。

検察側と弁護士側の大胆な司法取引の結果、1967年1月18日にデサルボは『ボストンの絞殺魔』としてではなく『グリーン・マン』としてのみ裁かれて終身刑を宣告されました。

デサルボは刑務所で殺○れた!

1973年11月26日、デサルボは心臓を6度も刺され、冷たくなった状態で発見されます(⊙_⊙')

囚人同士のいさかいによるものと考えられており、彼を刺○た人物は不明のままとなっていますが『ボストンの絞殺魔』としては裁かれていないため、デサルボには未だに冤罪説が囁かれています。

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