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【独裁者スターリン】ホロドモールと大粛清で犠牲者は2500万人以上!?
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ソ連の独裁者ヨシフ・スターリン(本名:ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・ジュガシヴィリ)は農民弾圧や大粛清によって多くの自国民を殺◯続けた人物で犠牲者の数は2500万人以上と言われており、そのうち600万人はホロドモール(人為的飢餓)によって犠牲になっているんです(⊙_⊙')

ホロドモール
ウクライナ語で『飢餓』という意味の『ホロド』と『大量死』を意味する『モール』を組み合わせた造語。
 

飢餓により街頭に倒れ込んでいるウクライナの農民

ホロドモールは1932年〜1933年にかけてソ連で発生した大飢饉のことで特に被害が甚大だったのが現在のウクライナでした(*´Д`*)

ウクライナは世界最大級の穀倉地帯(こくそうちたい)ですがこの地で大飢饉が起きたのは自然災害が原因ではなく

スターリンによる人為的なものだった...

そのため研究者の中ではこの飢饉を『ジェノサイド(大虐◯』とする者もいます。

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悲劇の要因となったスターリンの政策『第一次5カ年計画』

スターリン

ホロドモールはスターリンの政策『第一次5カ年計画』が要因となったとされています(⊙_⊙')

『5カ年計画』
1928年から開始された計画でソ連を農業国家から工業国家へと転換させるために設定された
 

工業化への転換の必要性についてはソ連指導者の考えは一致していました。

が!!!

問題はそのテンポ配分だった...

スターリンは『5年では無理』という声を無視して強引にこれを推し進めたのです(*´Д`*)

2+2=5というフレーズで五カ年計画の早期達成を扇動するソ連ポスター

鉄の生産を例にすると計画開始時点でソ連の鉄鋼生産量は350万トンでした。

しかしスターリンは

スターリン
『どんな犠牲を払っても1932年までに1700万トンまで引き上げるのだ!』
   

としたわけですが実際に1700万トンに近づいたのは1941年だったことからこの計画がどれだけ無謀な数字だったかが分かると思います_:(´ཀ`」 ∠):

そしてこのような無謀すぎる目標が掲げられた計画が強行されたことで労働者の中から多くの犠牲者が出ることに...

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スターリンの強引な農業集団化政策

クラーク追放を訴えるプロパガンダポスター

工業化と並行して押し進めらたのが農業集団化政策でした(⊙_⊙')

集団化開始前、ソ連の農村には『クラーク』と呼ばれる富農が150万〜250万人ほどおり、その下には大多数の貧農がいました。

スターリンは

スターリン
『クラーク=一般農民の敵』
   

というレッテルを貼りクラークを排除することで農村の集団化を押し進めようとしました。

しかし零細農民にとってクラークは地域の名士として尊敬されているケースもあったため、スターリンの思惑通りにはいかなかった...

コルホーズ(集団農場)からクラークを蹴り出そうと訴えるソ連のプロパガンダポスター。

そこでスターリンはクラークの土地を無理矢理取り上げたうえでシベリア送りにしたり、農村に軍隊を派遣するなどして彼らを排除していったのです。

また当時、ソ連を旅行したポーランド共産党員のドイッチャーは列車に乗り合わせた秘密警察大佐から

秘密警察大佐
『村を包囲してマシンガンを無差別に撃◯込んだ』
   

という話を聞かされています_:(´ཀ`」 ∠):

このような暴◯的で強引な政策によってコルホーズ(集団農業)やソフホーズ(国営農場)が拡大し、農村の集団化が推進されました。

そしてホロドモールはこの集団化の過程で起こることに...

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ウクライナは極度の飢饉に陥る

飢えによって痩せ細った男性...

ソ連政府がウクライナの農村に一定量の農作物供出量を課す1930年には穀物生産2100万トンに対して供出量760万トンと余裕だった生産量は翌年と翌々年には激減してしまう...

その要因はクラークのレッテルを貼られることを恐れた農民たちが

  • 穀物生産を減らす
  • 家畜を殺◯

などの手段に出たことでした。

が...

穀物生産量が落ちても供出ノルマは変わらない。

そこでソ連上層部は

穀物押収

という手段に出るのです(⊙_⊙')

ホロドモールで亡くなったウクライナの人々

モスクワの党本部では『全ての農作物は国家の保有財産』という認識のもと

『食物を隠している者は社会主義財産を窃盗した罪で死刑とする』

という無茶苦茶な法律を制定したうえで、ウクライナに党の活動員を派遣。

ウクライナでは穀物生産激減によって農民の食糧用の備蓄しかありませんでしたが党員はそれらを容赦無く収奪していったのです_:(´ཀ`」 ∠):

そしてこの容赦のない収奪によってウクライナは極度の飢饉に陥ってしまう...

ハルキウ州で行われたコルホーズからのパンの強制収集

小麦が収奪されてパンを焼くことができなくなってしまった農民たちはネズミや樹皮、葉っぱ、さらには死◯を食べたと言われており、また村全体が餓○によって全滅したという話も多く伝わっています。

スターリンによる残虐な大粛清

スターリン

このホロモドールと並行して始まったのがスターリンによる大粛清なんです(*´Д`*)

ウクライナの自治権は極度に制限され、また共産党員たち(ウクライナ)はスターリンの独裁を阻む危険分子として粛清の対象になり、1933年から翌年にかけてウクライナ共産党から10万人の党員が消えたとされています。



(粛清は農業の集団化に農民たちが激しく抵抗したことが理由とされている)

そしてこの粛清の嵐はソ連全体へと拡がっていくことに...

セルゲイ・キーロフ

スターリンが粛清対象をソ連全体に拡げたのは急進的改革に対する対抗勢力としての穏健派が頭角を現したことが理由とされています(⊙_⊙')

1934年初頭に開催された第17回党大会で穏健派に対してスターリンは譲歩することを余儀なくされますが、同年に起きた『キーロフ暗◯事件』をきっかけに反撃を開始。

キーロフ暗◯事件
穏健派政治局員セルゲイ・キーロフがレニングラードの党本部で射○された事件。
 

この事件の裏にスターリンが居たかは定かではありませんが、キーロフの護衛をしていた内務省職員が尋問を受ける前に仕組まれた事故で亡くなっていることや、他の内務省も消された可能性が高い...

などからスターリンの関与を指摘する声が多くあります(*´Д`*)

サイン一つで次々に粛清を繰り返す独裁者・スターリン

サインひとつで粛清を繰り返したスターリン

キーロフ暗殺事件を機にスターリンの大粛清が開始され1936年〜1938年にかけて党上層部の54人の指導者クラス党員が逮捕されて処◯されています_:(´ཀ`」 ∠):

また粛清は一般の党員に対しても行われ多くの党員が

  • 死刑
  • 収容所送り
  • 追放刑

に処され、1937年には軍関係者に対しても粛清が行われるようになります。

軍内で英雄的存在であったトルチェフスキー大将が逮捕されたのを皮切りに、将校たちが次々にスターリンの餌食になり、この年から翌年にかけて35000人の高級将校が逮捕されたのです(*´Д`*)

(粛清者選出も非常に事務的でスターリンはサイン1つで冷酷無比に粛清を繰り返していた)

忠実な下僕までも粛清したスターリン

ニコライ・エジョフ

ニコライ・エジョフは1936年〜1938年まで粛清を取り仕切った人物でスターリンの忠実な下僕でしたが彼も粛清の対象となったのです(⊙_⊙')

エジョフの身長は154センチしかなく『血に飢えた小人』という異名がありましたが疑心暗鬼から妻を毒◯し、最後はスターリンの名を唱えながら銃◯台に立ったとされています。

スターリン時代を中心にソ連時代に粛清された者は戦死者を含めると2500万人と推定されており、国家運営や経済活動に支障が出るほどだったそうです。



現在、ロシアとウクライナは戦争中ですが過去と同じ悲劇を繰り返さないためにも1日も早く戦争が終わることを願うばかりですね_φ( ̄ー ̄ )

赤い闇 スターリンの冷たい大地で
ホロモドールを描いた激ヤバ作品!

1933年、スターリンが統治するソビエト連邦を訪れた若きイギリス人記者・ジョーンズは、世界恐慌のなかで繁栄を遂げるソビエトの謎を探ろうとする。だが、ウクライナに到着したジョーンズが目にしたのは、想像を超える悪夢のような光景だった。

 
   
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